餅を搗いてもらう
明日のお薬師様の厄除け祈願者は、その後に行う餅まき用の餅を供える。明日の祈願者は40名。これは出雲地区の行事なので、当番の地区でも餅つきをする。今年は180kgのもち米を購入したそうだ。実家の裏の公民館で、朝早くから忙しそうに動き回っていた。
ほとんどの個人の餅は、儀平や楠本ベーカリーといった串本の店に頼んで搗いてもらうようだ。1升が2200円。だいたいは3升を供えるらしい(らしいというのは、個人的に聞いた2人とも3升と言っていたから)。K叔母さんの家でも息子のために搗くので、一緒に搗いてくれるというので、暮れにいっちゃんの実家から送ってくれたのを使うことにした。搗くのは機械だが、蒸したり、ちぎったり、丸めたり、袋詰めの作業は人の手だから大変。叔母さんは3升なのに、我が家は一斗もお願いしてしまった。出来上がった一斗分の餅は、3箱にもなった。明日は初めての櫓の上だ。いっちゃんは、調子に乗って落ちないようにとクギをさしてくる。落とすのは厄で、櫓の上から人が落ちたというのは聞いたことがないけれど・・・
来年はいっちゃんが還暦だが、女性は櫓の上に上れない。その代理で上るとすれば2年続きということになるが。明日が楽しみだ。
朝も、昼も、夜も
昨晩から天気が崩れ、雨が降りだした。それが今朝も続き、結局一日中降り続いた。雨のお蔭で放射冷却がなく、割と暖かめの朝だった。しかし、寒気が近づいているせいで、日中になっても気温が上がらず、体感気温は朝よりも下がった。
1月8日が3学期の始業式という学校が多い中、新翔高校は1月6日が始まりだった。幸い、この日の授業がなかったので、仕事始めは昨日の7日となった。
ただ、この日は午前中は高校、午後からは青少年の家、夜は自宅と一日中で、年の初めの仕事としては聊か厳しいものがあった。おまけに、高校では3年生の定期試験が来週ある。その問題作りにも手を付けた影響で、昨夜はブログまでたどり着かなかった。
青少年の家では、暮れの最後の練習の時、新年は書初めから始める予告をしていた。それぞれ4文字熟語考えてきていた。最初は、おっかなびっくり。大きな紙に書いていくというのは度胸がいることだ。このへんは、子どもたちの方が逞しい。堂々と書きあげるから驚きだ。それでも1時間ほど書いて、一応の完成をみた。表具をすれば恰好はつくんだけれど。
青少年の家は、和室の大広間があるので、こういうことをするにはうってつけだ。
初めての地
同じ串本町内、しかも海を挟んで2㎞先の対岸だから、昔からよく見ている。しかし、今まで一度も行ったことがない。そこへ今日初めて行った。大島の須江地区の白野漁港という港だ。細く曲がりくねった道のどん詰まりの所だった。反対側から見る風景は、見方が違えば雰囲気が違う。例えば串本大橋。こちら側から見ると、橋と橋につながるループが連続した形で見えるのには驚いた。いつも見ている方からは、真ん中の苗我島(みょうがじま)で遮られている。串本自体も秘境だが、そのまた秘境という感がする。
出雲崎
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初日の出を見るにもいい! |
正月休みで来ている三男が、行ったことがない所に行ってみたいということで、白野漁港に行った。その後、おばあちゃんに挨拶してこようと、お墓に寄った。墓は出雲崎の付け根にある。そこから岬の方へ行ってみたいというので案内した。しばらく行くとビーコン(Beacon )が建っている。そこから先は細い小道が続く。
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丘全体が木で覆われていた |
子どもの頃は木が生えてなく、背丈の低い笹林だったから少し行くと見晴らしが良く、180度近く、太平洋が眺められた。途中に小高い丘があり、上には穴が開いていた。戦争中は、ここに高射砲を置いて敵機を撃つための穴だと聞かされていた。その周りにもそのような穴が何か所もあった。子どもの遊び場としては絶好だった。ところが50年も経つと木の成長はすごく、雑木林になっていて、その丘も様相が変わっていた。それに子どもの頃はかなり高い丘だと思っていたが、ビックリするほど低かった。
海が見えるところまでは、かなり歩くことになった。立ち入り禁止区域のはずなのに、岬への道がしっかり出来ているのは釣り人の仕業だ。林を抜けると急に視界が開け、太平洋が一望できる。下を見ると磯には、かなりの数の釣り人が竿をだしている。これだけ人が踏み入れば道もできるのだと思った。磯に降りるには急坂を下ることになる。そこは笹の落ち葉で滑るので、ずっと手製のロープが張ってある。やるもんだな~と感心した。
2014年の日の出
昨晩は、12時をまわり新しい年になったのを確認してお宮参りをした。この地域では、行く途中、厄年の人は数えの年齢の数だけ硬貨を辻に撒くという風習がある。還暦なので61枚。金種は問わないけれど大人だから100円玉で揃えた。知り合いの子どもに撒くからと告知しておいたら母親同伴で来てくれていた。盛大に撒いた。神社に入る前に海で手を清める。今日が新月で、ちょうど干潮らしく、今まで見たこともないほど潮が引いていてビックリ。海までが遠い。
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前の鉄塔が邪魔だけれど |
二礼、二拍手、一礼して神社を後にした。毎年、色んなことをお願いするのに、今回は無の心境だったのか、何も考えなかったのが不思議。その後、お寺へ回って、除夜の鐘をついた。厄年の人は、家を出て、ここまでは人と話ができない。話ができないというのは何と難しいことか。
初日の出を見るために早く起きた。いつもは実家の近くの浜に行くのだが、今回は初めて自宅から少し坂を上った場所に行った。海までは遠いのだが、水平線が丸く見ることができる。そこについて暫くすると、雲の一部から太陽が顔を出してきた。出たと思って見ていると、あっという間に全体が登ってきた。海から直接ではなく、少し雲の帯があったけれど、割ときれいな初日の出だった。
本日は鯛
こちらに帰郷してから毎年、実家の隣のTさんから正月用の鯛をもらう。今回も、昨年の暮れにいただいたものだ。昨日、メジロを食べたので、鯛は後回しになってしまった。昨日のメジロと違い、鯛の場合は、まず鱗を落とさなくてはいけない。新鮮だから鱗も元気がいいので、飛び跳ねて大変だ。その後は三枚におろす。鯛は骨がかなり固い。苦労しておろしたのだ。次の行程、皮を引くのは難しいのだが、鯛は皮と身の間が美味いとも書いてあったので、今回は皮を引くのをやめて、皮つきのままにした。昨日のシャブシャブが美味しかったので、今日もその形で食すことにした。お味は言わずもがな、でした。